ラムネ飲料の歴史【5月4日はラムネの日】
2026/05/04
5月4日はみどりの日ですが、実は「ラムネの日」なのをご存じですか?。 1872年5月4日に千葉勝五郎さんがラムネ製造の許可を得たことを記念して制定された日です。この記念日は、私たちにとって身近な“あの青い瓶の飲み物”が、どのように日本に広まり、文化として根付いていったのかを振り返る良い機会でもあります。
ここでは、ラムネの日の由来と、日本におけるラムネの歴史を、時系列で分かりやすくその名前は英語の"lemonade"に由来しますが、日本独自の製造法と瓶のデザインで特徴づけられています。整理してご紹介します。
目次
1853年:黒船とともに日本へ
アメリカのペリー提督が浦賀に来航した際、幕府の役人に炭酸入りレモネードをふるまったことが、日本における炭酸飲料の始まりとされています。 当時はまだ珍しかった炭酸の「シュワッ」という刺激に、驚いた人も多かったようです。
1865年頃:日本人によるラムネ製造の試み
長崎の藤瀬半兵衛が「レモン水」と呼ばれる飲み物を製造したと伝えられています。 ただし、公式な記録が少ないため、詳細は明確ではありません。公式記録が残っていないため“ラムネの日”の由来には採用されていないようです。
1872年(明治5年)5月4日:ラムネの日の由来となる出来事
千葉勝五郎さんが製造許可を取得。 これが公式記録として残っているため、5月4日が記念日になりました。史料によると、千葉勝五郎さんは 「東京の実業家」「東京の商人」 と記録されています。 1872年(明治5年)5月4日に、東京府に対して ラムネ(当時は“檸檬水”)の製造を習得するための願書を提出し、許可を得た人物 として名が残っています。当時はまだ「会社」という概念が一般化していない時代で、 個人の商人が飲料製造を行うことが普通 でした。そのため、千葉勝五郎さんも “東京の個人商人としてラムネ製造を始めた” と考えられています(これは史料の記述からの推測です)。彼は、明治初期の個人商人としてラムネ文化を広めた先駆者といえる存在です。
1887年:ビー玉入りの「コッド瓶」が登場
イギリスから、ビー玉で栓をする独特のコッド瓶(ラムネ瓶)が輸入されます。 この瓶の登場により、ラムネは一気に人気を集め、現在の「ラムネらしい姿」が確立しました。
1950年代:ラムネの大ブーム
戦後の日本ではラムネが大流行し、一時期は炭酸飲料の60%以上を占めるほどの人気を誇りました。 夏祭りや縁日でラムネが欠かせない存在になったのも、この頃の文化が根付いたためです。
大流行の理由ですが、戦後すぐの日本では、まだ冷蔵庫が一般家庭に普及していませんでした。 そのため、夏に冷えた飲み物を飲める機会はとても限られていました。そんな中、氷屋で冷やしたラムネ・祭りや縁日で売られる冷たいラムネ は、特別な“ごちそう”として人々に喜ばれました。「冷たい炭酸飲料」というだけで、当時は大きな魅力だったのです。
ラムネとサイダーの違いを知ると、炭酸飲料の歴史がもっと面白くなる
「ラムネ」と「サイダー」は、どちらも昔から親しまれてきた飲み物ですが、実はその背景にははっきりとした違いがあります。サイダーは、ラムネより少し遅れて、明治後期〜大正時代にかけて広まりました。語源はフランス語の「シードル(cidre)」。 当初はリンゴ風味の炭酸飲料として登場し、次第に現在のような透明で爽やかな味わいへと変化していきます。
サイダーの元になったのは明治17年(1884年)に発売された「平野水(ひらのすい)」という炭酸水でした。その後、明治30年代後半から40年代にかけて、私たちがよく知る「甘くて香りのよいサイダー」が登場し始めます。
特に、明治40年(1907年)に「三ツ矢印平野シャンペンサイダー」が全国で発売されたことが、大きなきっかけとなりました。それまではサイダーは高級で庶民ではとても飲めなかったのです。理由は、炭酸が抜けない容器を作ることが出来なかったためです。1904年頃、びんに「王冠(おうかん)」というギザギザのフタが使われるようになりました。これによって、中のシュワシュワが抜けにくくなり、遠い場所まで運べるようになって、庶民にも広く生き渡ったのですね。戦後はフタの材料であるブリキが手にはいらなかったことや、飲み口が「王冠」のタイプは、一度開けると再利用が難しく、当時は瓶自体も不足していました。
一方でラムネの方では、明治・大正時代から日本中に大量の「ラムネ瓶」が残っていました。ラムネ瓶は洗えば何度でも繰り返し使える(リターナブル瓶)ため、新しい瓶を作らなくても中身を詰めるだけで販売できたのです。
また、戦後の砂糖不足の中で、サイダーは「高級な甘い飲み物」というイメージを守るために品質を落とせませんでした。
一方でラムネは、代用甘味料(サッカリンやデュルチンなど)を使って安く仕上げることが許容される「駄菓子屋の飲み物」としてのポジションを確立していました。
ラムネは「再利用できる瓶」と「フタがいらない仕組み」のおかげで、街の小さな商店や縁日で安く売ることができたのです。「あるものを大切に使う」という当時の知恵が、ラムネを戦後復興のシンボル的な飲み物へと押し上げたといえます。
ゴールデンウイークの豆知識として、ラムネのお話を子どもに披露してみませんか?
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